コバルト酸化物NaxCoO2における超伝導、磁性、大熱起電力の統一的起源

 コバルト酸化物NaxCoO2 大きな熱起電力にはじまり、磁性、そして水和物における超伝導と、興味深い現象が次々と発見され、おおいに注目をあびてきた。熱電効果や超伝導は基礎物理のみならず、エネルギー問題等にも結びつきうる重要な物理現象であり、その意味でも興味深い。そして、これらの三現象を最初に発見したのはいずれも日本人であり、まさに日本発の物質といえるが、これらの発見以降、世界中で実験、理論の両側面から精力的に研究が行われている。


左が非水和物、右が水和物の結晶構造


 水和物における超伝導についてはスピンの揺らぎが関与した、非従来型超伝導の可能性が高いことが様々な実験から示唆される。また、この物質のバンド構造をみると、3重縮退したt2g軌道はa1gegに分裂するが、角度分解型光電子分光の実験によると、後者のバンドはフェルミ準位以下に沈んでいることが観測されている。そのため、a1gバンドが重要な役割を演じている可能性が高い。我々はa1gバンドがΓ点に極小構造を持つ(図)ことから、内側と外側の二重フェルミ面が形成されている可能性があることを指摘し、二つのフェルミ面の間のネスティングから非整合波数を持つスピン揺らぎが発達すること、そしてこの揺らぎを媒介として、二つのフェルミ面間でギャップの符号が変わる非従来型拡張s波超伝導が発現しうることを、2次元拡張ハバード模型に対するFLEX近似計算を用いて示した(文献Rf-75)
磁性については、伝導が金属的であることから、遍歴描像が必要であると考えられる。また、水和物に比べると3次元性が強いことから、我々は3次元ハバード模型を採用した。ここでもa1gバンドのΓ点での極小構造が重要となる。このバンド構造に起因して3次元的なフェルミ面に内側部分と外側部分が生じ、Na量が多いとき、その間に(0,0,π)をネスティング・ベクトルとするネスティングが生じる。これに起因して、中性子散乱の実験と整合する面内強磁性、面間反強磁性のスピン相関が発達することをFLEX近似を用いて示した。そして、磁気転移温度、スピン波の分散等を計算し、実験と定量的に整合することを示した(文献Rf-79)














a1gバンドのΓ点回りの頂点部:プリン型バンド





超伝導、磁性ともにa1gバンドの単一バンド理論でかなりの部分が理解できることから、さらに、熱電効果についても単一バンドの見地から考えた。ここでもa1gバンドの形状が重要となる。a1gバンドの上端部分はΓ点周りで比較的平らになっており、Γ点からある程度離れるたところから急激に分散をもつような形状をしている。この形状を我々はプリン型と名付けた。プリン型バンドの特徴は、バンドの曲がり角付近にEFがあると、(i) EFの上下で群速度が大きく異なるため熱起電力が大きくなる、(ii)キャリアー数を小さくして熱起電力を大きくした場合と違って、EFの下で群速度が大きく、フェルミ面も大きいことから電気抵抗も比較的小さくなり得る、という点である。このため大きな熱起電力と小さな電気抵抗の両立が可能となり、応用上重要となるpower factorが大きくなる。実際、NaxCoO2はこの二者の両立が成立する点が不思議と考えられていた。図に示すように、a1gバンドのプリン型分散を考慮した計算によって、熱電効果の実験を定量的に説明することができる。この成果はJ.Phys.Soc.Jpn.に掲載され、編集委員会が選ぶ注目論文 "Papers of Editors' Choice"に選ばれた(文献Rf-82)。また、この研究成果は2007年8月31日発行の科学新聞に掲載された。日本物理学会誌にも「最近の研究から」として掲載され、FSST NEWSにも「トピックス」として掲載された(文献 JRv-5, JRv-6)。
 以上により、NaxCoO2における超伝導、磁性、大きな熱起電力という3つの物性は、a1gバンドの特殊な形状に起因していると理解することができる。特に超伝導については、我々がこれまで一般的に提唱してきた非連結フェルミ面による超伝導(文献Rf-35, Rf-48)、あるいはnarrow-band&wide-band共存系の超伝導(文献Rf-72)の一例とみることができ、また熱電効果についての理解は、第一原理バンド計算を用いて熱電材料を設計をする上での新しい指針を与え得るものと考えられる。



上段:ゼーベック係数の計算結果と実験結果の比較。赤線は下段左側のコバルト酸化物のa1gバンドを使った場合、緑(without t2,t3)は下段右の非プリン型バンドを使った場合。


熱起電力の理論のNaxCoO2以外の物質への適用

上記熱起電力の理論の一般性を調べるために、同様に金属的性質を示しながら、熱起電力の大きないくつかの物質において、第一原理バンド計算を行い、ゼーベック係数の計算を行った。
LiRh2O4においてはLMTO法により第一原理計算を行い、まずボツルマン理論によりゼーベック係数を計算した。その結果、実験結果を20%ほど上回るものの、パラメーターレスの計算としてはかなり一致する結果を得た。ここでも、バンドの群速度を計算してみると、バンド上端でバンドが平らになるプリン型形状の傾向があることがわかった。また、このプリン型バンドが二重に重なっていることがNaxCoO2ほど大きな熱起電力に結びつかないこともわかった。さらに、電子相関の寄与を正確に取り込むために、DMFTの計算を行って自己エネルギーを評価し、久保公式によってゼーベック係数を計算した。その結果、ゼーベック係数はボルツマン理論で計算したものよりも小さくなり、実験結果とさらに合う方向となった。
LaRhO3については平面波基底による第一原理バンド計算を行い、ボルツマン理論によりゼーベック係数を計算した。実験的にはNiドープにより金属性が増してもゼーベック係数が減少せず、それにともなってpower factorが単調増加するという結果が得られているが、この傾向を再現することができた。
これは結晶構造が理想的な立方ペロブスカイト構造からゆがむことによってバンド縮退が解けることと、バンドの頭の部分が平らになることによって理解できることがわかった。その他、CuRhO2についても第一原理計算+ボルツマン理論により計算を行い、実験で得られているゼーベック係数の温度依存性を1000K付近まで再現できた(文献Pc-37)。これらは雑誌「固体物理」において「トピックス」として掲載され(文献JRv-7)、またNTS社より刊行予定の「熱電変換技術ハンドブック」にも掲載される。