鉄ニクタイド系超伝導の理論

5軌道有効模型構築

東京工業大学の細野秀雄氏らのグループにより鉄系ニクタイド、F-doped LaFeAsOが26Kの超伝導になることが発見された。その後、ランタノイド置換による同族の化合物も数多く合成され、今やTcは50Kを超え、その超伝導メカニズムに興味が持たれる。
我々はまずLaFeAsOに対して第一原理バンド計算を行い、そこから最局在ワニエ軌道を得ることで、3dバンドに対するタイト・バインディング模型を構築した。AsがFeの周りに正四面体配置をとるために単位胞内には二つのFeが含まれ、3dバンドだけでも10バンド模型となる。しかし、各Feの周りの局所的なAs配置が等価であるため、Fe一つのみを含む単位胞に取り直すことができ、その結果5バンド模型を得ることができる。5つのバンドは複雑に絡み合っており、第一原理計算のフェルミ面を正しく再現するには5つの軌道を全て考慮した模型が必要であることがわかった。フェルミ面は図のように(0,0)周りに二つ(α1, α2)、(π,0),(0,π)周りにそれぞれ一つづつ(β1, β2)存在する。また、(π,π)近傍はバンドがフェルミ準位に極めて接近しており、有効的にフェルミ面(γ)的な役割を果たしうる。α1, α2とβ1, β2のブリルアンゾーン境界付近はxz, yz軌道、β1, β2のブリルアンゾーン境界から離れた箇所とx2-y2軌道の性格が強い。       


5バンド有効模型のバンド


フェルミ面:青の部分はx2-y2軌道の性格が強く、赤のところはxz, yz軌道の性格が強い。

次に、上記一体項に加えて、軌道内及び軌道間の電子間相互作用を考慮した多体模型をRPA法により調べた。その結果、α-β間、及びβ-γ間のフェルミ面のネスティングにより下図のように(π,0), (0,π)のスピンの揺らぎが発達することがわかった。ドープされていない母物質においては、この波数を持つスピン秩序が中性子による実験で観測されており、整合しているといえる。
さらに、RPAで得られたスピン・電荷感受率を用いたエリアシュベルグ方程式により、超伝導を議論した。ギャップは5×5の行列になるが、図に軌道表示でのギャップ関数の対角成分を示す。ギャップは拡張s波対称性を有しているが、スピンの揺らぎに起因する超伝導であるため、フェルミ面のネスティング・ベクトルの始点と終点の間でギャップの符号が反転している。また、軌道別に見ると、x2-y2軌道のギャップが大きくなっており、この軌道が超伝導の主役を担っていることがうかがえる。
本研究成果はPhysical Review Letter誌に掲載され(文献Rf-87)、日経新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞においても取り上げられた。


スピン感受率


xz, yz軌道のギャップ

x2-y2軌道のギャップ



結晶構造とスピン揺らぎ、超伝導の相関の理論

鉄系超伝導体については、発見からまもなくして、その物質依存性が注目されるようになった。LaFePOにおいては臨界温度は5K程度と低いのに対して、NdFeAsOやSmFeAsOにおいては50Kを超える。のみならず、LaFePOにおいては、超伝導ギャップにノードがあることが様々な実験から観測されている。臨界温度は結晶構造と強い相関があることが示され、特に、Fe-As-Feの結合角との相関関係が指摘された。
我々は、これらの実験事実を理解するために、現実の物質構造を用いて行ったバンド計算をもとに5軌道模型を構築し、その超伝導を調べた。文献Rf-94においては、鉄原子が構成する層から測ったニクトゲン原子の高さに着目し、LaFePOのように高さが低いときには(π,π)回りにフェルミ面がない(あるいは3次元的なフェルミ面のみ)が、NdFeAsOのように高さが高くなるにつれて波数(π,π)回りにフェルミ面が出現することを指摘して、その有無に応じて、臨界温度の低いnodalな超伝導と臨界温度の高いnodelessな超伝導の切り替えが起こることを指摘した。



鉄系超伝導体の結晶構造:青が鉄原子、赤がニクトゲン原子


ニクトゲン高さに応じた、フェルミ面の模式図と超伝導ギャップ。矢印は、支配的にはるスピン揺らぎの波数。

上記の理論の範囲内においては、ニクトゲンの高さが高くなるにつれて、臨界温度が高くなることは理解できるが、実験においては、ニクトゲンの高さやFe-As-Fe結合角には最適値ががあり、特に結合角はニクトゲンが正四面体構造をとる付近が最適とされる。このことを理解するために、文献Rf-106においては、結合角が小さくなりすぎると波数(0,0)まわりに2枚存在していたホール面のうちの1枚が消失することに着目して、超伝導の研究を行った。結合角を大きいほうから小さくしていくと、フェルミ面枚数が2->3->2と変化し、正四面体結合角付近でホール面枚数が3枚となって最大化される。これに伴って、超伝導の転移温度も正四面体構造近傍で最適化されることを示した。




122系鉄系超伝導体のスピン揺らぎとギャップ構造の理論

鉄系超伝導体のなかでも、BaFe2As2のようないわゆる122系は、3次元性が比較的高い物質群である。フェルミ面も3次元性が強く、また、体心正方格子という結晶構造に金して、LaFeAsO等の1111系で理論的に行われてきたブリルアン・ゾーンのunfoldingが厳密にはできない。
我々は、122系に対して、バンド構造を正確に再現する10軌道模型、ならびに、近似的にunfoldして得られる5軌道模型を用いてスピン揺らぎと超伝導の研究を行っている。BaFe2(As,P)2やKFe2As2においては、超伝導ギャップにノードが観測されており、その起源として、122系特有の強い3次元性を持ったフェルミ面に水平方向(horizontal)に入るノードの可能性を提唱した(Rf-105, Rf-111)。





また、鉄系超伝導体全体において観測されている、スピン揺らぎの非整合性のドープ依存性の電子・ホール非対称性の起源について、122系の近似的な5軌道模型を基に解析し、フェルミ面が複数の軌道成分からなっていることが原因であることを指摘した(Rf-111,Rf-109)