有機物質(TMTSF)2Xにおけるトリプレット超伝導機構

擬一次元的な有機超伝導体であるTMTSF塩においては臨界磁場やNMRのナイトシフトの実験などから、スピン・トリプレット超伝導の可能性が指摘されている。しかし、圧力-温度の相図上、超伝導はSDW相に隣接するため、単純にはd波的なシングレット超伝導が理論的に予想され、実験と整合しない。トリプレットp波超伝導の可能性は以前より指摘されてきたが、通常はp波超伝導とSDW揺らぎ(反強磁性的な揺らぎ)は相容れない。そこで我々はこの物質のフェルミ面の擬一次元的な性質に着目し、スピン・トリプレットf波超伝導の可能性を提唱してきた。 すなわちフェルミ面が非連結であるため、f波とd波でフェルミ面を通過するノードの数が同じであり()、さらに2kFのスピンの揺らぎと2kFの電荷揺らぎが同程度の大きさで共存する場合にはシングレット・ペアリング相互作用とトリプレット・ペアリング相互作用の絶対値が等しくなるため、 f波とd波超伝導が拮抗する。実際、PF6塩においては2kFSDWCDWの共存が実験的に観測されておりf波トリプレットのシナリオの可能性を示唆する。我々はまずはじめにスピンの揺らぎと電荷の揺らぎを現象論的に取り扱った議論を行い相図を得た(文献Rf-33, Rv-3)





(TMTSF)2Xのフェルミ面とシングレットd波、トリプレットf波超伝導ギャップ




(TMTSF)2Xにおける超伝導相図

さらに微視的な模型を設定し、乱雑位相近似を用いて上記の現象論的な議論を検証した2kFスピン揺らぎと2kF電荷揺らぎが共存するためには、鎖内第二隣接のオフサイト斥力相互作用が重要であることが、これまでの小形らのグループの研究によってわかっているので、第二隣接相互作用Vを考慮した拡張型ハバード模型を考えた。計算の結果、2kFスピン揺らぎと2kF電荷揺らぎの強さが同程度以上になるのはVU/2 (Uはオンサイト斥力)のときであり、このときf波超伝導がd波超伝導に勝って出現することがわかった(文献Rf-65)。ただし、VU/2という比較的大きな第二隣接サイト間相互作用が現実の物質において実現可能であるか、という問題が残る。そこで、次のステップとして鎖間の斥力相互作用Vをも考えた()。一次元性の強い物質であるので鎖間相互作用は通常無視されることが多いが、鎖間の距離はそれほど離れているわけではないので、電子のとび移りが小さくても鎖間のクーロン相互作用は比較的大きいと考えられる。









 オフサイト斥力を考慮した模型

このときに上記と同様の計算によってf波超伝導とd波超伝導の競合を調べた結果、f波がd波に勝るための条件はV + V U/2と変更され、現実的なパラメーター領域でf波超伝導になりうることがわかった()(文献Rf-68)














 V+V'=U/2のとき、線形化ギャップ方程式
 の固有値の温度依存性。


乱雑位相近似のような近似理論と併用して、有限サイズの系に対する数値計算も相補的に用いている。これまでに主としてオン・サイト相互作用のみを考慮したハバード模型に対する基底状態の補助場量子モンテカルロ計算、及び上記で述べたオフ・サイト相互作用までも考慮した拡張型ハバード模型に対する有限温度の補助場量子モンテカルロ計算を行っている。基底状態の計算は安定な数値計算が困難であるためオン・サイト相互作用に限定されているが、超伝導の対称性の競合を議論することができる。計算の結果、トリプレット超伝導においてはf波がp波よりも有利であること、またオフ・サイト相互作用を考慮しなくてもf波はd波に対してcompetitiveでありうることがわかった(文献Rf-59)。オフ・サイト相互作用を考慮した数値計算は現在のところ高温に限定されているため、超伝導対称性の議論にはいたっていないが、スピンと電荷の揺らぎ(感受率)に関しては計算することができる。その結果、2kFスピン揺らぎと2kF電荷揺らぎが同程度の大きさになるのはV + V U/2のときであることがわかり、乱雑位相近似の結果の正当性が裏付けられた(文献Rf-68)


磁場下におけるシングレット・トリプレット超伝導転移

最近、(TMTSF)_2ClO_4に対するいくつかの実験において、低磁場下ではスピン・シングレット、高磁場下ではスピン・トリプレット超伝導またはFulde-Ferrell-Larkin-Ovchinikov (FFLO)状態になっている可能性が指摘されている。我々はRPAの計算においてゼーマン効果を考慮し、スピン・トリプレットとシングレット超伝導の競合を調べた。その結果、2kFスピン揺らぎと2kF電荷揺らぎの共存によって生じるスピン・トリプレット超伝導機構に特有の効果により、磁場によってトリプレット超伝導が強く増強されることがわかった。このため、無磁場において、シングレット超伝導になっていたとしても、磁場下においてトリプレット超伝導に転移する可能性があることがわかった(文献Rf-85)。


磁場下における相図, V2、Vyは相互作用(模型の図を参照)

TMTSFにおけるFFLO状態の可能性

相澤・黒木は名大の横山・田仲らと共同研究を行い、TMTSF_2XにおけるFFLO状態の可能性を微視的模型に基づいて研究した。これまで用いてきた、遠距離までの相互作用を取り込んだ微視的模型に対して、磁場の効果を取り込んだRPAを適用して、相図を得た。これまで、無磁場の状態でスピン・シングレット超伝導であっても、磁場をかけることによってスピン・トリプレット超伝導に転移する可能性があることを示してきたが、さらに、その間にFFLO状態が挟み込まれることがわかった。つまり、磁場をかけることによって、シングレットd波、FFLO、トリプレットf波と転移する可能性があることになる。さらに、このFFLO状態はシングレット成分とトリプレット成分が強く混合した状態であることも示した。この成果はPhysical Review Letter誌に掲載された(Rf-89)。また、相澤はこの成果を含むTMTSF超伝導についての一連の研究を博士論文としてまとめ、平成21年3月に博士(理学)の学位を取得した。

磁場下における相図, Vyは相互作用(模型の図を参照)